地域おこし協力隊として大阪から移住し、地域メディア『ヤゴーシラカワ』の編集を担当している澁谷尚樹(しぶたになおき)さん。
協力隊を卒業した現在は白川町移住交流サポートセンター*でサポートセンター業務とヤゴーシラカワのライターの仕事に携わりながら、変わらずマイペースに、でもしっかりと根を張って暮らしています。
*空き家バンクの運営や移住のお手伝い、移住交流施設等の運営管理などの事業を行う一般社団法人
そんな澁谷さんが、このたび白川町で”本屋”をオープンし、あわせてカフェも始めているという話を聞きつけました。
名前は『 hakusenbooks(ハクセンブックス)』。
「白川町に、またひとつ素敵な場所が増えたな」と温かい気持ちになりながら、広報担当の山下がお店にお邪魔してきました。
そこで待っていたのは、ただ本を買うだけではない、なんだか懐かしくて、ものすごく等身大な自分でいられる” 居場所”の物語でした。

『hakusenbooks』の外観。ロゴは屋根の下で団欒している様子、ゆらゆらと川の流れのような揺らぎをイメージしているそう
蘇原地区のどこか懐かしい風景のなかに、そのお店はあります。ガラガラと引き戸を開けると、そこに広がっているのは、たくさんの本と、珈琲のいい香り。
基本的に土日だけ営業している『hakusenbooks』は、本屋でありながら、珈琲を片手にのんびり過ごせる場所。棚に並ぶ本を見ていると、なんだか不思議な感覚になります。
近所のおばあちゃんたちの特等席。「家に遊びに来てくれた」ような ‟地続きのつながり”
——オープンおめでとうございます!お店、めちゃくちゃ良い雰囲気ですね。並んでいる本も、小説から絵本、人文書なんかもあって、なんだか澁谷さんの頭の中を覗いているみたいです。
ありがとうございます。ここで売っている本は、僕が自分で仕入れたり、知り合いから買い取ったり譲り受けたもの、これまでの人生で影響を受けた私物を集めたものです。珈琲を片手に、誰もが自分の時間を自由に使える場所にできたらと思って始めました。
——自分の家のように、ふっと肩の力を抜いて過ごせるような場所ですね。
休日に1人でぼーっと過ごせる空間がこの町にあればいいなと思って。知らない人がふらっと来て、本を読みながら過ごしてくれる日常の風景が、いまはシンプルに一番嬉しいですね。

本棚には小説から絵本、人文書まで多種多様な本が出迎えてくれます

窓の外に広がる風景を眺めながら、自分だけの時間に浸れる縁側の特等席
——オープンして3か月ほど経ちますが、印象的なことはありましたか?
この前、近所のおばあちゃんたちが4人くらいで集まって、お店の席で「昔、この家はこうだったんだよ」って楽しそうに喋っていたんです。その光景を見た時「あぁこの家のご先祖様も喜んでくれているかもしれないな」って、嬉しくなりました。
——おばあちゃんたちが本屋さんに集まって談笑しているなんて、最高ですね。お店を開くまで、準備もかなり大変だったんじゃないですか?
いや、本当に瀬戸際でした(笑)
保健所の許可を年度内に取らなきゃいけなくて、オープン直前はしんどかったんですけど、なぜか周りの人たちが信じられないくらい手伝ってくれて! 感謝を込めてドリンクチケットを配りまくりました。
オープンしてからも「お客さんが来た」というよりは、その延長で「友だちが家に遊びに来てくれた」みたいな感覚なんです。初めましてのお客さんが来てくれた時も、なんだかそういう親近感を覚えますね。

「想像と違う色で焦りました(笑)」協力してくれる方たちと汗を流しながら仕上げた、愛着の湧く空間づくり(写真はご本人提供)
「やりたいことが分からない病」だった過去。ノートに書き続けたモヤモヤ
—–澁谷さんは白川町に来る前、どんなことをされていたんですか?
大学を卒業して、最初は東京で会社員になったんです。でもすぐに『やりたいことが分からない病』になってしまって、1年ほどで退職しました。その後2〜3年は個人で活動したり、前職では大阪で子どもにサッカーを教える仕事を2年ほどしていました。
白川町に来たのも「田舎に住めば丁寧な生活ができて幸福感が増すのでは」という漠然とした憧れからでした。
—–その憧れのなかで、どうして白川町だったんでしょう?
高校や大学の時からずっと、人に相談できないモヤモヤを自己整理するために、ノートに文章を書き続けていたんです。田舎暮らしもそうだけど、当時は丁寧に、自分のペースで生きる人たちに憧れがあって、地域で暮らしながら”書く仕事”ができたらなと思うようになったんです。
「人の話を聞いて書くことで、人のことも知れて、同時に自分自身を見つめることにもなるんじゃないか」と思って。そのタイミングで偶然白川町の募集を見つけました。

さまざまな葛藤を経験したからこそ辿り着いた「自分のあり方」を、ありのままの言葉で語る澁谷さん
「初日は泣きました」-手探りの奮闘と、孤独を乗り越えて
—–実際に移住してみてどうでしたか?
白川町に来た初日と2日目は、泣きました。本当に帰りたかった(笑)年末に家族とか友だちと過ごした後に白川町に来たら、知り合いがまったくいないし、めちゃくちゃ寒くて暖房もない。「すぐ辞めて帰ろうか」って本気で悩みました。当時は28〜29歳で、地元で公務員をしている姉に「30代でも役場職員になれるのかな」と相談するくらい、とにかく安定を求めていました。
—–澁谷さんがそこまで追い詰められていたなんて、想像もつかないです。
特に協力隊の1年目は、新しい環境や立ち位置の中で調整に悩むことも多かったです。それが落ち着いたら落ち着いたで、今度は発信を1人で進めていく難しさや責任感に苛まれたりして。
地域での暮らしは周りの関わりが多くて温かい反面、ふとした瞬間に「自分は一生よそ者だな」と孤独を感じることは、今でもあります。そういうこともノートに書いたりして受け入れていますね。
—–そこから、どうして「この町に居続けよう」と思えたんですか?
都会のような『仕事を辞めたら会わなくなるドライな関係』よりも、ちょっと面倒くささはあっても、地域の人たちと年々関係性が深まって馴染んでいくのが、自分にとって心地良くなってきたんです。移住して2年目くらいに「住む場所を白川町に決めてしまおう」って、消防団にも入って腰を据える覚悟を決めました。
「想像力のある人でありたい」から、本を読み、書く仕事を続ける
—–そもそも、なんで”本屋”だったんでしょう?
僕の中に、ずっと「想像力のある人でいたい」っていう想いがあるんです。年齢を重ねたり環境に慣れたりしていく中で、考え方が固定化されて、凝り固まって人を否定したり攻撃したりする人にはなりたくないな、と。
書くことと読むことを通して、他人のことを知って、自分自身のことを見つめ続けたい。そういう環境をつくるためにも、本屋を始めてみたんです。
—–自分のあり方を保つための本屋、なんですね。
飲み物やお菓子の喫茶利用だけの人もいるので、そうやって他人と触れ合ってもいいし、販売している本やノートを見ながらゆっくり1人で自分と向き合ってもいい。そういう場所になれば良いですね。

一杯ずつ丁寧に淹れられる珈琲。芳醇な香りが店内に心地よく漂います
—–ビジネスとしての差別化や拡大は考えていないんですか?
今はあんまり考えていないですね。もちろん続けていくためには売り上げは大事なんですけど、日常の選択の軸は、常に『自分のあり方に沿っていて、違和感がないこと』。
だから、すげー楽しい!というよりは、家の前の畑を耕すのと同じで『ちょっと手間はかかるけど、自分のあり方に沿っているからやるべきこと』っていう感覚で、それが自分には合っているんだと思います。
「流され力」を味方に。当たり前の日常として、10年続けるということ
—–白川町に来て、自分自身で一番変わったなと思う部分はどこですか?
『流され力』がついたことですね。都会では全部自分の意思で選ばなきゃいけなかったけど、ここにいると、周囲から自然と声がかかる。この本屋も、僕がボソッと「本屋やってみたいなぁ」って言っていたら、空き家バンクの方から空き家を紹介してもらってトントン拍子に進んだんです。

澁谷さんが実際に空き家を見つけたヤゴーシラカワでの記事の様子
—–なるほど。
無理に抗うより、身を委ねて巻き込まれる方が自分に合っているんだなって気づきました。白川町の若い子はチャレンジ精神旺盛で活力がある子が多いけど、僕みたいに『まあ、いい意味で流れに任せるか』って過ごしている人が1人くらいいてもいいのかなと(笑)
—–これから、この場所をどんな風にしていきたいですか?
まずは、10年続けたい。ゆくゆくは週3日くらい営業して、本当に当たり前の日常に溶け込み、みんながふらっと来られる場所にしたいです。どんな理由であれ始まったものはいつか終わると思うんですけど、終わる時は誰にも気づかれずにしれっと終わりたいですね(笑)
—–これからの暮らしの展望はありますか?
田んぼや畑を頑張ってみたいです。めんどくさいんですけどね… でもやるべきだと思うからやる。暮らしの一部として、できることを少しずつ増やしていきたいですね。

取材を終えて、店内に流れる心地よい音楽を聴きながら、窓から見える風景を眺めていると、「あぁ、自分のままでいいんだな」と、なんだか余計な力が抜けるような気がしました。
澁谷さんが『自分のあり方』にまっすぐ向き合ってつくった、本と珈琲の場所。 特別な日じゃなくても、ふと立ち止まりたくなった週末に、ぜひ引き戸をガラガラと開けてみてください。そこには、あなたを緩やかに受け止めてくれる、新しい日常が待っています。
取材年月:2026年7月
※記事の内容は取材当時のものです。

