岐阜県加茂郡白川町。
人口は約7400人。東西約24キロ、南北約21キロの広大な面積。その約87%が山林で、山と川が見渡す限りに広がるこの土地にぼくは引越してきました。
「なんで来たの?」と聞かれたら、「縁」と言うほかありません。生きていると、不思議な縁がたくさんあります。
大阪という大都市に住み、白川町という名前も聞いたことが無かった半年前の自分。
山と川、お茶や檜の名産物を含む大自然に囲まれた今の自分。
ここでは、「過去と今の自分が手紙のやり取りをする」というなかで、白川町という地域のことや、地域への引っ越しを通して感じた気持ちをみなさんにも知っていただければと思います。
過去の自分から、今の自分へ
ー2022年7月吉日
拝啓
半年後の君は、どこで何をしていますか。
大阪市淀川区。ユニットバスの狭いワンルーム。その自宅アパートの一階にある焼き鳥屋さん。たった数メートル向こうにある同じようなアパート。伊丹空港へ向かう飛行機の轟音。明るくて、人と車の音が消えない夜。
ぼくがこの家に住んで約二年、強く印象に残っている光景です。
田舎に住んで、自然を味わいながら文章を書く仕事をする。そんな小さな夢があります。
でも今のぼくにはそれを形にするための方法が分かりません。仮に形にできるとしても、便利な今の生活を手放すことが怖い。
30歳も近くなって、周りの友だちはみんな安定した仕事と家庭を持つようになりました。今年だけで何回結婚のお祝いをしたかな…純粋にお祝いできない自分がたまに嫌になります(笑)
周りの環境と、迷っている自分。そのギャップはどんどん大きくなっていく。
人生に正解なんて無いと分かっているけど、現状は不正解なんじゃないかと思ってしまう。だから、ぼくがいちばん信じている君に手紙を出そうと思います。
この手紙を通して、『未来の自分』である『君』に近づくための最初の一歩を踏み出したいです。
今の自分から、過去の自分へ
ー2023年3月吉日
拝啓
白川町に来て一週間が経ちました。
半年前の、まだ白川町の存在も知らない君にこの手紙を書いています。
「地域での暮らしは楽しい?」
「大阪を離れたことに後悔はない?」
この手紙で、君のそんな疑問に答えられたらと思います。
大阪での暮らしと仕事に悩む君にとって、この手紙が少しでもヒントになること。そして、白川町に少しでも興味をもってくれることを願っています。
*
君がよく悩みながら歩いていたように、ぼくも相変わらず夜の散歩が好きです。一日の思考や悩みを整理できるし、スッキリした気持ちになれる。
でも大阪を歩くのとは大きく違います。
足先が痛くなるくらいに冷たい。暖かさをウリにしたぶ厚い靴下は何の役にも立たない。
「底冷えって知ってる?」
と地元の人に嬉しそうに聞かれたことを思い出します。
レッグウォーマーっていうのを履いたらあったかくなるらしい。でも見た目が好きじゃないから、ぼくはしばらく我慢してみるつもりです…(笑)
自分の足元すら見えない真っ暗闇。「この道って進んでも大丈夫なのかな…?」なんて不安になるぐらいです。綺麗な星をゆっくり眺める余裕もありません。
でも、どれだけ暗くても見える山の輪郭からは『自然の大きさ』を、どれだけ歩いても聞こえる川の音からは『自然の優しさ』を、日中と変わらずに感じることができます。
白川町には、5つの地区にまたがる65もの自治体があります。
そのほとんどすべてに神社仏閣がある。
何回神社とお寺の歴史について説明してもらったか!ぼくは歴史が苦手だから、もし白川町に来る際は勉強しておくことをオススメします(笑)
隣の村(白川町は昔たくさんの村に分かれていました)に行くのも命がけの山に生きた人たち。彼らがこの地で生きようとした決意と、その決意を支える祈りを形にしたものなのかなぁなんて勝手に想像したりしています。そう考えると素敵ですね。
まだ白川町に来てたった一週間だけど、それぞれの地区には素敵な場所がたくさんあります!
まずは白川地区の大山白山神社。やっぱり神社!!
樹齢1200年以上の大杉と、拝殿の天井に書かれた表情豊かな絵。ここでは自然の音を聞くことができます。君は自然の音を聴いてリラックスしていますか!?
白川北地区にある「野原城址」。狭い石段を少し登ると、標高の高い場所から山と飛騨川、鉄橋を走る電車を一望できる。あんまり電車は走ってこないけど…
この町にあるぜんぶの空気を吸い込めた気がして、一気に心が穏やかになります。
蘇原地区の「東濃ヒノキ市場」には、山で切られた木材が一面に並ぶ。
それぞれ競りで落とされていくんだって!!一本数十万円するものもあるとか…すごい世界だなぁ。
そして黒川地区にある「ますぶち園」。山の谷あいに作られた棚田の茶園。
映画のワンシーンに自分が来たみたいで、絶対に写真を撮りたくなります!
佐見地区の「ガラパゴスカフェ」で名物のオムカレーを食べていると、
「体育館で毎週月曜日にフットサルをやっているけど、よかったらどう?」
なんて嬉しいお誘いを貰えたりします!
「子供にサッカー教えてみない?」「楽器って興味あったりする?」
ここでは、友だちからのLINEに期待しなくてもたくさんの人が直接声を掛けてくれます!
ふとした瞬間に身体に入ってくるそんな情報で、いつの間にか迷いや不安を忘れてしまう。
「ここに来たら大丈夫」なんて、ぼくには言えません。
そりゃ不便なこともあるし、家族や友達とはなかなか会えないし、君の苦手な虫もたくさんいるし!(笑)
でもきっと、みんなが助けてくれます。
「どこから来たの?」
「どこに住んでるの?」
「前はどんな仕事してたの?」
そんな質問を皮切りに、ぼくの気持ちを引き出してくれる人がたくさんいるから。
同じ町で暮らすということがまるで、”同じ学校を卒業した”みたいな響きを持っている。一週間でそう感じられるぐらい、この町は温かいです。
ぼくはこれからも、ここで頑張ってみたい。
暮らす町は、ぼくらの人生を変えてはくれません。ここに来ても迷うことはあるし、きっとこれからもあると思います。
でも、変わるためのきっかけならくれる。
この町で出会う人、景色、経験。
将来に迷うよりも、ぼくは今出会うものと向き合っていたい。
この町には、たくさんのものがある。
それはきっと都会では「無い」と表現されるもの。
きっかけが欲しくなったら、一度ここに立ち寄ってみてください。
君ならその一歩を踏み出せると、ぼくは信じています。
『過去の自分』である『君』へ