白川町のお隣にある、東白川村。
そこで日本茶と古本、雑貨のお店『Gifuto』を営む野村啓(のむらけい)さん。
「本に合うお茶」として、白川茶の独自ブランドを展開しています。
「白川町は、個性的な”人”の印象が強いです。どの方も隣村の人間にこんなに良くしてくれて、ありがたいです」
白川町からのお客さんも多く、野村さんは白川町に訪れて仕事をすることもあり、隣町との交流は多いとのこと。
コピーライターとして勤めた東京の広告会社を退職後、東白川村の地域おこし協力隊になり、その後「お茶を飲んで本を読む、ゆっくりした時間を提供したい」と『Gifuto』をオープンした野村さん。
その人生や考え方に触れたくて、お話を伺ってきました。
文豪をイメージした「本に合うお茶」
——古民家の雰囲気や周りの静かな環境で、とにかく落ち着くお店ですね!
Wi-Fiが通じていてプリンターも貸しているから、仕事目的で来る人もいるんです。でもその人も最終的にはぼーっとしていて「よし、勝った!」って思います(笑)
——目に見えない戦いが繰り広げられているんですね(笑)
自分の仕事もはかどらないのが欠点ですね…
お店が休みの日は、白川町の『移住交流サポートセンター』に行って作業したりしています。
——店内でお茶を飲み、古本や古物を楽しむことができるんですよね!お店の商品でもある「本に合うお茶」とはどんなものなんでしょうか?
文豪のイメージで作った日本茶ですね。
——文豪のイメージ…
たとえば、玄米茶「Natume」は夏目漱石のイメージです。夏目漱石は小説を新聞で連載するなど、大衆的な作家でした。玄米茶も女性に人気の飲みやすい味わいなので「みんなが美味しく味わえるようにしてください」と夏目漱石の作家性と通じるような味わいのイメージを、商品開発時に茶師さんにお伝えして作って頂きました。
——そのイメージからあのパッケージができたんですね!つい手に取りたくなります…!
パッケージはすごく大事だと思っています。白川茶は岐阜県内では有名ですが、県外の人はあまり知りません。販路を県外にも広げていきたいですね。
今は東京にある岐阜県のアンテナショップでも取り扱ってもらっていて、商品づくりには前職の経験が活きているなと思います。
——本が好きな方など、これまでお茶に触れてこなかった人たちも手に取るきっかけになりますよね!
お茶好きの方は既に産地にこだわりがある方も多いので、新しい層に白川茶を知ってもらいたいですね。
お金ではなく、自分のためになる選択をする
——コピーライターとはまったく違う業種のように見えますが、全部が繋がっているんですね。
そうかもしれないですね。消費を煽るような広告仕事は苦手なんですけどね(笑)
——そうなんですか!?
目先の売上を上げるためにたくさん消費してもらうことも大切なんだけど、もっと先のことを考えていたいです。
——もっと先のこと、ですか。
たとえば、その商品を使った後にどんな気持ちになるのか、とかですね。
東京にあるアンテナショップの方から、うちの商品はギフト用で買って行く方が多いと聞きました。だからそれは良かったなと思います。
自分へのご褒美や贈り物という、ちょっと特別なものとして味わってもらえるのは嬉しいですね。
——お茶の商品をただ買うだけでなく、買う時やお茶を味わう時の『特別感』がお客さんに生まれているんですね!
はい、そのために値段設定などもすごく考えました。
広告は『自分なりの商品の価値をみんなに見つけてもらう仕事』だと思います。ただ消費されるだけじゃなく何を与えられるのか、しっかり考えたいです。
——東京から東白川村に来たのは「消費を煽る広告仕事が苦手」というのが理由としてあったんでしょうか。
そうですね。もちろんそういった売上のための広告仕事は自分に合わなかったというだけで、悪いことじゃないと思います。
嫌だと言いつつ今も生活のために広告の仕事を請け負っていて、全部が全部変われてはいないですけどね…
ただ自分で管理して、何が自分のためになるのかを考えながら、お金だけに振り回されない選択をしていきたいです。
——生活とのバランスを見ながら、自分にとって大事なものを大切にしているんですね。実際にお店を始められて、いかがですか?
「今日来たけど潰れてないか?」って心配してくれるお客さんがいるんですよ(笑)
僕がこの店を作らなかったら会えない人もいただろうし、その人たちがこの店での時間を持つこともなかった。実際にお客さんとお話して、彼らの人生にちょっと関われているのは嬉しいですね。
——お客さんと素敵な関係を築いているんですね!
こだわりを持たないからこそ、たどり着いた場所で
もちろんお店をやっていると辛いこともたくさんあります。
でもそもそも、人生は楽しいものだけじゃないですもんね(笑)
思い通りにいくことなんてあんまりないし、ご飯を食べれてご機嫌に暮らせていければいいかなって思ってます。だから僕はこだわりがないんです。流れに身を任せています。
——たしかにそう考えると、悩みが和らぐ人もいるかもしれないですね…!
東白川村に来たのも偶然なんです。
東京の広告業界はもう嫌だと思ったけど、年齢的になかなか転職先がなかったんです。その時たまたま東白川村の地域おこし協力隊の説明会が新宿であって、参加したらすごい褒めてくれるんですよ(笑)
「そんなスキルがある人が村に来てくれたら嬉しい!」って。じゃあ行ってみようかなと思ったのがきっかけです。
——ご縁に導かれている気がします…!
東白川村に来て一年ぐらいは、前職の経験を活かしたお茶とは関係ない仕事だったんですが「この仕事は自分には合っていないかもしれない」って村の方に相談をしたんです。そうしたらお茶の仕事を勧めてもらって。
——そこでお茶と出会うんですね!まったく違う仕事に抵抗はなかったですか?
ちょっと面白そうだと思いました。それに、とりあえず何でもやってみるしかないですよね(笑)
僕はこだわりはないけど、自分に合っていない嫌なことは続けられないんです。生きていくためにはやらないといけないけど、それを少なくしていきたいと思って行動しています。
——行動して、嫌なことを乗り越えたり避けたりしながら少しずつ、ご自身にとって居心地の良い場所を見つけていったんですね。
東白川村だからこその風景を守る
——流れに身を任せるというお話がありましたが、野村さんの今後についてお伺いできますか?
茶畑を守るために組合を作ろうと思っています。
採算が取れないから、この地域のお茶組合がなくなっちゃうんですよ。そうなると茶畑を個人で管理しないといけなくなって、高齢化や後継者不足で管理できなくて手放す人が増えています。
いくらお店が流行っても、地域の風景が荒れちゃうと元も子もない。お茶をきちんと収穫できるかは分からないけど、東白川村だからこその風景を守りたいです。
——風景ですか。
旅行に行ったりすると、どの町でも同じような景色をよく見るんです。
でもお茶のような地域の特産品があると、それぞれの町で風景が変わってくるはずですよね。それが無くなって世界が同じ風景になるのはつまらないなって思います。
——白川町でも茶畑に関しては同じ問題があります。やっぱりあの風景は残したいですよね。
儲からないから辞めるという考えも、分かります。でも僕は、全部をビジネスの言葉で語りたくはないです。お金儲けだけに価値が置かれるのには、違和感があります。
問題をすべて解決することはできないかもしれないけど、これからも納得して進んでいきたいです。
新型コロナウイルスの流行が続いていた2022年4月、野村さんはご自身のエッセイをまとめた自著『東白川で朝食を』の最後を、こんな言葉で締めくくっています。
でも、終わらない冬はなく、止まない雨もなく、明けない夜もなく、晴れない霧もない。
また絶対にくる朝のために、もう少し眠って力を蓄えておきましょう。浅い眠りのときに観た夢は、しあわせな夢が多いそうですから。
人生は楽しいものだけじゃないと感じながら、流れに身を任せる。
そのなかで野村さんが大事に守ろうとしているものを、取材を通して垣間見せてもらえた気がします。
野村さん、ありがとうございました。
【野村啓(のむらけい) さん】
出身 :千葉市
職歴 :広告業界でコピーライターとして20年余り
趣味 :仕事?(プライベートと一緒になってしまっています)
読んでくれている人に一言:外から見ると一見入りづらそうな店ですが、お気軽にご来店ください。
取材年月:2023年04月