『あやめ』の屋号を持ち、白川町の黒川地区で16代続く纐纈(こうけつ)家を引き継ぐ纐纈守章(もりあき)さん。現在も居住している家の一室『あやめの客間』は、鎌倉時代の様式を今も残す建築物として、白川町の文化財に登録されています。
「みんなが元気に、プラス思考で生きていける地域にしたいですね」
そう語る守章さんは、教員として定年まで勤められた後、地域と学校をつなぐ『くろかわ地育リーダーズ』を立ち上げました。
歴史ある家を継ぎ、地域を守る活動を続けるその想いの根源をお聞きしてきました!
これまでになかった職業体験を子どもたちに
——守章さん、今日はよろしくお願いします。
お願いします。ほんと、使える記事にならないかもしれないんで、ぜんぜんボツにしちゃってください(笑)
——いえ、なにがなんでも使わせてください(笑)お茶まで淹れていただき、お家も由緒ある荘厳な雰囲気で、ただただ緊張しています…さっそくですが、『くろかわ地育リーダーズ』について教えてもらえますか?
地域と学校をつなぐ役目をしていますね。学校での教育って、学校だけで行えるわけではないんですよ。地域や家庭といっしょになって行っていく。
——ふむふむ
たとえば、中学生の職業体験ね。これまではみんな同じ場所に行っとったんですよ。役場、郵便局、農協、とかね。「この中から選びなさい」と。
——はい、職業体験といえばそういうイメージがありますね。
たしかにそれはそれで学べるものがたくさんあります。
ただ、たとえば「放送局関係で働きたい」っていう子がおったんやけども、その子にとってみたら、自分の将来と職業体験がぷっつり切れてしまってるわけです。
——たしかに。放送局で働く将来を、役場での職業体験からイメージするのは難しいです。
だから、地育リーダーズがいろんな調整をして、子供たちが将来の夢を体験できる場所を探して、叶えていってあげる!
——なるほど…!実際に自分が働いてみたい場所に行けたら、夢が広がりますよね。都会だったらそういう体験もしやすそうですが…
そう!でもやっぱりね、子供たちには地域のことを好きになって欲しい。だからまずは、黒川でそういう体験ができないかを探します。移住してきた方もたくさんいて、今の職だけじゃなく、過去にいろんな経験をしてきた人たちがいる。
自分の夢とまったく同じ環境は難しいかもしれないけど、それと近い環境で学んで欲しいですよね。
——-素敵です。そんな体験ができれば、『職業体験』という学校の授業じゃなくて、本当に夢の体験になりますね。それで『放送局』希望の子はどうなったんでしょう…?
黒川では自分で農業をして、ポッドキャスト*で農業についての発信をしてる方がいるんです。そこで2日間学ばせてもらいましたね。
*音声や動画データをネット上に公開する手段。黒川で農家をする高谷裕一郎さんは、『小農ラジオ』というラジオ番組を公開している。
心の根に、黒川を根付かせる
——「自分の夢が地元でも叶うんだ」と思えますよね!
うん、少子高齢化とか人口の減少とか、地域ってどうしてもネガティブな情報が多い。そういう情報に触れるとね、ネガティブな感情だけが地域に残っていってしまうんじゃないかと。
——たしかに…今後もそういった情報は増えていきそうですよね。
もちろん事実は事実として受け入れていかないといかん。でもまずは、その事実をポジティブに捉えられるようにしていきたい。そして黒川という地域を、心の根に浸透させていきたいと思っています。
——心の根、ですか。
成長したら、身体が大きくなる。それと同時に、目に見えない根っこも成長していくよね。考え方や価値観の部分。そこに黒川を根付かせたいです。
——それが地域と学校をつなぐ、ということなんですね。
地域にいる元気な人間や、魅力的な活動に触れて子供たちが育っていく。そうして育った子供たちには、地域に寄せる想いを熱くしてほしい!
その熱い想いが地域に根付いて、将来地域に住むかどうかに関わらず、黒川でなにかあったときはまっ先に力になってくれたら良いね。
——職業体験含め、くろかわ地育リーダーズの取り組みは文部科学大臣表彰を受けられたとお聞きしました。
くろかわ地育リーダーズは三年目の団体で、まだまだ新参者で気が引けるんですけどね(笑)
いっしょに働くスタッフのおかげやね。少しずつ黒川でのやり方が固まってきたので、これからも地域にじんわりと活動を広げていきたいです。
『みんなが逃げていく顔』をしていた教員時代
——教育への熱い気持ちが伝わってきます…これまでは教員としてご活躍されたとお伺いしていますが、元から教員志望だったんでしょうか?
流れ上、という感じかな(笑)
——流れ、ですか。
代々続く家を安定して守っていくためにも、公務員になろうとは考えていて。親父が教員をしていたことや、学生時代に水泳をやっていた関係で体育学部に進んだことなんかもあって、最終的には教員かなと。
——流れから人生を懸けての取り組みになっていったんですね!
まあ校内が荒れてる時は大変やったよ。
中学校に勤めてる時は、女子学生が「~軍団」っていうスケバンのようなグループを作っとってね。そういう子たちと対峙したり。
——軍団…
ほかには、愛知県の犬山まで家出した子を探しに行ったり。妊娠した子をなんとか卒業式までサポートしたり。暴力事件があって、正月の三が日に警察の人と学校近くで張り込んだりね。
——学園ドラマみたいな出来事だ…
そのあと中学校から異動になって、派遣社会教育主事*として乳幼児学級の母親の前に立つとき、職員から言われたんです。「先生!そんな顔して前に出たらみんな逃げていくよ」って(笑)
自分が崩れないように、ずっと眉間にしわを寄せてたんやね。その台詞は強烈に覚えてる。
*社会教育主事:教育委員会の事務局等で、生涯学習や家庭教育など、学校教育以外で行われる『社会教育』を促進する。
——とにかく怖い顔をする必要があったんですね。
そうそう(笑)
ニコニコしたいけど、できる時代じゃなかった。大変で、「これがあれば教員を辞めても仕事に就けるやろう」って大型免許も取ったよ(笑)
開かれた世界で生きるために
——教員時代のお話を聞いていると、子供だけじゃなく教員のためにも、地域と学校の関わりがすごく大切だとわかります。
うん、ほんとに。学校ってすごく狭い世界やからね。学校の中だけじゃなく、地域に開いて活動していけると教員もすごく楽になると思いますね。
——怖い顔になるくらい苦労した守章さんだからこそ、わかることですね。
退職を機に、家にいる時間が長くなって、地域の人との関わりも増えた。そのなかで、『どうすれば自分がより良く生きていけるか』ということを考えるようになりましたね。
教員の時は『子供たちを守る』ためにはどうするかを必死に考えていたけど、今は『自分が地域の中でどう貢献できるのか』ということに意識が変わってきた。そうした変化を経験することで、色々な立場からの着眼点を持つことができたと思います。
——ご自身の関わりが地域に開いていったことも、地育リーダーズの活動に繋がっているんですね。
そうですね。ここは歴史がある家で、町の文化財にもなってる。もちろんそれを継いで地域で生きることには、責任とかプレッシャーもあるわね。
でもその歴史の価値や、歴史を次の世代に繋いでいくことの大切さは、親から教えられて沁みついてる。そうやって自分が育ってきたからこそ、地域や家に対する想いを子供にも伝えていきたいし、黒川に根を張れる人を増やしていきたいね。
子供たちの考えを変えるつもりはないけど、伝えられるだけは伝えていきたいなと。
地域には、その地域だからこその良さがたくさんあります。そういったことを伝える活動が、学校や地域を助けることに繋がれば嬉しいです。『職業体験』もその一つやね。
これからも『くろかわ地育リーダーズ』に関わりながら、じんわり地域に浸透していく活動をしていきたいですね。
生まれる地域や家は、選べない。歴史ある家の跡継ぎとして生まれることは、ぼくには計り知れない責任があると思います。その境遇から得た経験や価値観を、守章さんは『流れ』として受け入れて、次の世代にバトンを渡そうとしています。
歴史が繋がれていく過程には、それを伝える人と受け取る人の『地域への想い』が含まれていると感じました。
「ぼくは今、どんな『流れ』の中にいるんだろう」
自分自身のことを、そして自分をここまで運んできてくれた歴史や経験のことを、ゆっくり見つめ直させてくれるようなお話でした。
ありがとうございました!
【纐纈守章(こうけつ もりあき) さん】
屋号 :あやめ
出身 :黒川地区
学校 :中京大学・兵庫教育大学大学院
職歴 :岐阜県教育委員会 教員
趣味 :ドライブ。土と山に向き合うこと
読んでくれている人に一言:地域の中に自分がいる。そこに生きる自分でいること、好きになれること。
取材年月:2023年02月