白川町で5代続く司法書士・行政書士事務所である『髙木合同事務所』の髙木いづみさん。
お仕事の他にも読み聞かせのボランティア活動や、名古屋でシャンソン歌手としても活動しています。
お仕事や活動に対する気持ち、白川町に対する想いをお伺いしてきました。
5年間は仕事と、シャンソンを
——まずは、いづみさんの取り組みについて教えていただけますか?
コロナ前までは読み聞かせとか、高齢者のサロンで朗読したり歌を歌った遊びをしたりしていて。喜んでもらえることを考えるのが好きなんだよね。
ただ最近は仕事が忙しくて(笑)ほんとはもっと地域のことをしたいんだけど…
——でもきっと、そのお仕事も地域に繋がっていますよね。
今後の人生を考えると、あれもこれもできないから「何を取って何を取らないか」を考えなきゃいけない。
今から5年間は仕事と、あとはシャンソンを形にしたいなって。
——シャンソン…?
私、可児市でシャンソンを習って名古屋で歌っていて。
歌に自信はなかったけど、今も家にいる時は、みんなが同じ部屋で別々の歌を口ずさんだり口笛を吹いてるような家族で(笑)
でも最初は恥ずかしくて歌を習ってることも内緒にして、家族にも「朗読教室に行ってくる」って言ってた(笑)

大学でミュージカルのサークルに入った娘さんが、歌を習って上達している様子を見て「あ、練習したら歌は上手くなるのか(笑)」と思ったのがシャンソンを始めるきっかけになったとか
——たしかに、大人になって習い事を始めるって勇気がいりますよね(笑)
そしたら、白川町の知り合いが電車に乗ってて、偶然隣に座ってる人と話したら「髙木いづみさんって知ってる?私シャンソン教室でいっしょなのよ」って言われて、それで白川町の人にバレてしまった(笑)
——さすが白川町というか…世間は狭い(笑)
最初は恥ずかしかったけど、先生が「人前で歌わないと上手くならないよ」ってショーの前に歌う“前歌”を歌うように声をかけてくれたの。
今は月に2回だけだけど、名古屋まで行って歌ってる。家でも自分なりに工夫して練習していて、やっぱり頑張りたいじゃない。

シャンソンを歌ういづみさん
「これからは髙木いづみで勝負しよう」
–——お仕事のほうでは、いづみさんが4代目にあたるんですよね?(5代目の息子さんも司法書士として事務所で働いています)
昔からある事務所っていうのもあって、みなさん普通にガラッと扉を開けて「聞きたいことがあるんだけど」って来てくれる。
若い時は「仕事は人のため」って言いながら、結局は収入を得る「自分のため」みたいなイメージがあったんだけど…
今はみんなが気軽に来て分からないことを聞いてくれるのが嬉しいし、地元に司法書士事務所があることで、人のためになってるのかなって。

事務所では、90歳のいづみさんのお父さん、旦那さん、息子さんも司法書士として働いています
——家業を継ぐことについては、抵抗はなかったですか?
なんとなく「うちに残れ」っていうのを感じ取ってたのよね。だからいちおう静岡の大学の法学部に行ったけど、まったく勉強してなくて(笑)
そのあとアルバイトしながら大阪の専門学校に行って、3年目で試験に受かった。司法書士事務所のほかにも、ファミリーレストランの『フォルクス』でバイトしてて、これが天職だと思ってた(笑)
——『フォルクス』が?
そう。接客が好きだし、忙しい時の段取りとか、レジとか、すべてが好きだった。家業が司法書士事務所じゃなかったら『フォルクス』に就職したかったぐらい(笑)
——司法書士はまったく違う仕事な気もしますが…
でも、司法書士もある意味”接客業”かなって、考えを変えたの。
そうやって割り切ると、司法書士は人の分からないところとか困ってることを教えてあげられる仕事だし、そういう意味ではやりたいことだった。
どんなことでも自分から積極的にやると楽しくなる。だからいつも自分のなかで前向きに考えを変えてるんだと思う。

相続の際にまったく会ったことのない異母兄弟の方が、相続を通して親子のように仲良くなったのが印象深い仕事だったとのこと。「本人がすごく嬉しそうで、良かったなって」
——捉え方を変えることで、物事の認識も変わっていったと。
昔はどんな職業があるのかも分からなかったし、どうしたらその職業に就けるのか調べることも難しくて、親がやってる司法書士の仕事しか思い浮かばなかったっていうのもあるかもしれない(笑)
やるなら「より良くしよう」って思うし。
——なるほど。
あとは、年齢とともに変わっていくところもあったと思う。年々自分に正直になってるというか。
子育てをする時にいったん司法書士を辞めた時があって。司法書士っていう肩書きが自分から無くなっちゃう時に「いや、これからは髙木いづみで勝負しよう」って思ったの。
仕事とか資格とかは関係ない、ちゃんとした髙木いづみになるようにしようってそこで決めたの。そこから、後悔することがなくなった。

司法書士に復帰するか迷っていた時には、娘さんの「お母ちゃんはお母ちゃんで変わらないでしょ」という言葉も、背中を押してくれたそう
「白川にいて良かった」と思ってもらえるように
——考え方や捉え方が、たくさんの活動をされてきたいづみさんらしいなと感じます。今はお仕事中心というお話でしたが、白川町でボランティア活動もされてきたんですよね。
子どもが保育園にいる頃に、読み聞かせのボランティアに参加して。そのあとも、とりあえず頼まれたら行くという感じで朗読だったり、社会福祉協議会でやる介護予防講座だったりをやってた。
なんかね、白川をとっても気に入ってるのよ。すれ違って「あ、こんにちは」って挨拶するだけでも孤独を感じないし、居心地が良い。
だからみんなもここにいて「良かった」と思ってくれるといいなって。
——たしかに、地域ならではの良さがありますよね。
元々若い時は、コメディエンヌ的なことがしたかったのよね(笑)面白いことをして、とりあえず笑ってもらいたい。
シャンソンの歌のなかでも笑いを入れたり、高齢者のサロンの時はみんなが楽しめるように歌とかゲームを入れたり。
みんなが楽しく、みんなが幸せならいいなって思う。

学校で読み聞かせをしている様子
——今後、仕事が落ち着いたらやりたいことはありますか?
白川に高校があった時に、日本語が喋れない外国人の先生が来たの。うちのすぐそばに住んでて、その人も不安だろうから声をかけたかったけど、自分も英語ができないと思ってるから声をかけれずいつも後悔してた。
2年間ずっと後悔して、それで英語の勉強を独学で始めたの。その人が帰る時のお別れ会で初めて声をかけて、そしたらその人もいろいろ話しかけてくれた。
今は、白川にもいっぱい外国の人がいるから、その人たちが「日本に来てくれて良かった」と思ってくれるようなことをしたいなって思ってます。
なかなか最近はそういうことをする時間がないけど…なんとかします(笑)

自分自身のこれまでを振り返ると、考え方を変えることも、後悔しないようにちゃんと自分らしくいることも、何度も「やろう」と試みては、その数だけ失敗を繰り返してきたような気がします。
いづみさんのお話は、そんな自分もこれまでとは変わり続けていること、そしてこれからも変わり続けていくことに、気づかせてくれるようでした。
【髙木 いづみ さん】
屋号 :賀嶋屋
出身 :白川地区
学校 :加茂高校、静岡大学
職歴 :髙木事務所
趣味 :発酵玄米、新聞の下にある本の紹介をみる時間
読んでいる人に一言 :白川町を楽しくしていきましょ!
取材年月:2026年1月
※記事の内容は取材当時のものです。

