縦向きにしてください

「音楽を通して恩返しがしたい」

20年を経た園長先生の言葉で『光る世界』

町内の保育園、ピアノの伴奏や弾き語りの活動を行う渡邉麻菜美(わたなべまなみ)さん。

生まれつきの弱視の影響で楽譜は読めず、曲を繰り返し聴くことで演奏を覚えます。

 

「やっぱりみんなと同じことができないっていうのは、すごく辛く感じたことはありました」

 

取材したのは、蘇原地区にある『光の子保育園』にて、子どもたちに麻菜美さんが演奏する日。ご自身の母校でもある場所で、過去を振り返りながら現在の取り組みへの想いを語ってくれました。

保育園でピアノを弾く喜び

生きてゆくことの意味 問いかけるそのたびに

胸をよぎる 愛しい人々のあたたかさ

この星の片隅で めぐり会えた奇跡は

どんな宝石よりも たいせつな宝物

泣きたい日もある 絶望に嘆く日も

そんな時そばにいて 寄り添うあなたの影

二人で歌えば 懐かしくよみがえる

ふるさとの夕焼けの 優しいあのぬくもり

『いのちの歌』

 

(保育園児への演奏後、取材陣に弾き語りを聞かせてくれました。)

——ありがとうございます。すごく、感動しました。気持ちをうまく伝えられないのがもどかしいですが…

ありがとうございます。

——今日見させてもらいましたが、麻菜美さんの現在の活動について教えていただけますか?

毎日ではないですが、呼んでもらった時に保育園で子どもたちといっしょにピアノの伴奏をしています。

昨年『光の子保育園』が70周年だったので、その記念コンサートに際して園長先生に声をかけていただいて今の活動が始まった感じです。その時は『秋』というオリジナル曲も演奏させてもらいました。

『光の子保育園70周年記念式典』にてコンサートを行う麻菜美さん

『光の子保育園70周年記念式典』にてコンサートを行う麻菜美さん

 

—–活動を始められたのは最近だったんですね。

それまでは音楽を諦めてしまった時期があって…園長先生が声をかけてくださってほんっとに嬉しかったです!

それに今日みたいに、演奏するとみんなが一生懸命に聴いてくれたり、一生懸命に歌って楽しんでくれたり、そういうのもすごく嬉しいですね。

—–「ピアノを聴いてもらう」場があるというのが、麻菜美さんにとってすごく大きな意味を持ってるというか。

そうですね。私が何か弾いた時に、みんなが「あ、知ってる知ってる!」とか言ってくれる瞬間は、なにより楽しいです。子どもたちとはもう20歳以上離れているので。

光の子保育園で演奏中の麻菜美さん

麻菜美さんの掛け声とともに、みんなで曲に合わせて動物のポーズ!

始まりはいつも”園長先生の言葉”

——どれだけ年齢差があっても、麻菜美さんは音楽を通してコミュニケーションを取ることができて、それが喜びになっているんですね。先ほど「音楽を諦めてしまった」というお話がありましたが、これまでのこともお聞きできますか?

音楽は、まず最初は5歳の時にエレクトーンを習い始めたのが最初でした。それこそ『光の子保育園』に通ってる時でした。

 

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(麻菜美さんのお母さん)
当時はすっごい人見知りで、ちょっと環境が変わると「ぎゃーっ!!!」って泣いちゃうような子だったんです(笑)
でも音楽だけはもう、ジーっと聴いてる。それで園長先生が「まなみちゃんは絶対音楽やったほうがいい!」って勧めてくれたんです。
次回の行事に関して打ち合わせをする麻菜美さんと、光の子保育園の園長先生

次回の行事に関して打ち合わせをする麻菜美さんと、光の子保育園の園長先生

 

——音楽との出会いも園長先生の言葉だったんだ…

それで小学5年生の3月からピアノも習い始めました。

中学校・高校は盲学校を出て、所沢市にある国立障害者リハビリテーションセンターと職業リハビリテーションセンターというところで就労の訓練を受けました。そのあとお世話になった盲学校で、補助員として2年間仕事をさせていただいていました。

高校を出てからはピアノを習ってはいないですが、声をかけてもらった時に舞台に立たせてもらったり音楽は続けていました。

——5歳からずーっと音楽が側にあったんですね。

でも2年間補助員をさせてもらったあと、就職活動がうまくいかなかったんです。就職が決まらず自分がこの先どうなるか分からない不安があって、ちょうどその時家にあった電子ピアノが壊れてしまって…いろいろなことが重なって「もう音楽は、できないんだろうな」って諦めてしまったんです。

昨年声をかけていただくまでの約3年間は「どうしたらいいんだろう」ってすごく悩んでいた時期だったんじゃないかなって思います。

ピアノを演奏する麻菜美さん

当時の3年間をご自身のなかで「いちばん印象深い時期だった」と振り返ります

 

——それが「音楽を諦めてしまった」時期なんですね。辛い期間が3年間続くというのはかなり長いと思うんですが、そういう時期にどう自分と向き合っていたのか気になります。

その時期は何してたかな…

手話や資格の勉強をしてたこともありましたし、他にはいろんなコンテストを探して自分にも出せるものがあったら出してみようっていうのを繰り返して過ごしていましたね(笑)

——どんどん新しいことにチャレンジすることで、マイナスな気持ちを払拭していくというか。コンテストは音楽のものですか?

音楽もですが、それ以外にもいろいろです。私、家族の助けがないと外出が難しかったりもするので、ネットを使って『ネーミング』とか『CMコピー』とか、そういう自分にも出せるものを繰り返し出していました。ぜんぜん受からなかったですけど…(笑)

そういう時期に、園長先生にお声がけいただいたんです。

麻菜美さんが音楽と出会った『光の子保育園』

麻菜美さんが音楽と出会った『光の子保育園』。「ほんとによく泣いたりしていて、いろんな先生方に迷惑をかけてしまったなって(笑)」

「音楽を通して恩返しがしたい」

——音楽との出会いから20年近く経って、また園長先生の言葉が麻菜美さんを音楽と向き合わせてくれたんですね。

はい、そこからまた新しいピアノを買ってもらって、弾き語りの練習を始めました。

——これからどんどん弾く場所が増えていくのが楽しみです…!今日も「次は何弾こう」と小声でつぶやきながら演奏している姿を見たんですが、ご自身のなかにたくさん曲の引き出しがあるという感じなんでしょうか?

そうですね、今日だけでも10曲ぐらい?弾きました(笑)先日は20曲ぐらい弾いた気がします。

子どもたちが飽きちゃったりしないように、保育園の行事が近い時はかなり準備しますね。

麻菜美さんの演奏に合わせて体を動かす園児たち

知っている曲やいつもの曲が演奏されると、子どもたちの気分も一気に高まります

 

——20曲…!そういった意識や準備が音楽を通してのコミュニケーションを生んでいるんですね。「今後こういった場所で弾きたい!」など、麻菜美さんの目標はありますか?

「ここで弾きたい」っていうのは今のところなくて…やっぱり保育園の先生方にお世話になっているので、みんなが喜んでくれる曲をたくさん練習したいっていう気持ちがあります。

小さい時から私はいろんな方に、もうほんとに、支えてもらって生きてきたので、そういった人たちに音楽を通して恩返しがしたいです。

麻菜美さんの演奏を見守る光の子保育園の園長先生

 

「声をかけてくださる方がいてほんとに嬉しいです。白川は大好きなふるさとです」

恥ずかしそうに、丁寧に言葉を選びながら取材に応じてくれた麻菜美さん。

冒頭の『いのちの歌』がこれだけ響く理由が、少し分かったような気がします。

 

渡邉 麻菜美(わたなべまなみ)さん

屋号   :水穴

出身   :蘇原地区

学校   :岐阜県立岐阜盲学校

職歴  :音楽

読んでくれている人に一言  :世間には、本当に素晴らしい音楽をされている方がたくさんいらっしゃいますが、私の拙い音楽のことを読んでいただき、ありがとうございます。

 

取材年月:2025年2月 

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  • 取材執筆/写真:

    澁谷尚樹

  • 監修:

    白川町役場企画課

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