白川町地域おこし協力隊として2021年11月に赴任し、2024年10月に3年間の任期を終了した樋口彩(ひぐちあや)さん。
樋口さんにはこれまで、ヤゴーシラカワの記事にもたくさん登場してもらいました!(『ナンバーワン朴葉寿司はどれだ選手権』、『経済産業大臣賞を受賞した「キーマカレー」は本当に美味しいのか!?食べ比べ選手権を開催!!』、など)
任期中は、空き家調査や移住定住のサポート、ゲストハウスの宿泊業務、名古屋の学生が定期的に白川町で開催した『白川まるっとカフェ』の運営や地域活動など…
ご本人が「たくさん声をかけてもらって、便利屋さんみたいなところがあったかもしれないですね(笑)」と語るほど公私ともにたくさんの活動に従事してきました。
そして任期終了後は、結婚を機に拠点をシンガポールに移し”白川茶のPRや販売に関わる”活動をするとのこと。
「白川を離れることになるけど、なにかしらの形で貢献できないかなと思って…シンガポールで白川茶を広める活動をして、販売や観光に繋げていきたいと思っています」
3年間で感じたことや新天地でのこれからのことなど、その想いをお聞きしてきました。
ヒロウンジャーから学ぶ「何事も楽しんでやる姿勢」
——まずは3年間おつかれさまでした。樋口さんは、本当にいろんな活動をしていたイメージがあります。
ありがとうございます!
明日は3年間の活動報告会があるんですけど、発表のために振り返っていたらもういっぱいあり過ぎて(笑)仕事でもプライベートでもいろんなことを経験させてもらいましたね。
ヒロウンジャーの活動にも参加しました。今日も活動してるみたいで、お誘いしてもらって行きたかったけど今日は行けず…
——樋口さん、ヒロウンジャーの一員だったんですか!!
ヒロウンジャーのグループLINEに入れてもらってます。昨日そのLINEで「明日、ヒロえる!?」ってきて。初めどういう意味か分からなかった(笑)
–—–しっかり「拾う」はカタカナで…自分たちのLINEでも設定を徹底させていますね(笑)仕事でもプライベートでもいろんな活動に楽しんで参加しているから「なにかする時は樋口さんに頼もう」みたいな気持ちが生まれているのかな…
いろんな場所にスタッフとして参加させてもらって、便利屋さんみたいなところもあるかもしれないですね(笑)でも、どれもすごい楽しいんですよ!
ヒロウンジャーをする時、国道沿いってすごいゴミが落ちてるんです。トラックもたくさん通るから、落ちてるペットボトルのなかにおしっこが入ってたりとか…(笑)それを拾うのってだれもやりたくない仕事なんだけど、みんな楽しみながらやってるんです。”ヒロウンジャー”っていう設定自体もそうだけど、火ばさみでポーズを決めたり、自分たちで面白おかしくしてる。
白川に来て「何事も楽しんでやる」っていうのはすごく学びました。
–—–たしかに、それはすごく思います。みんな遊び心があるから、なんでも楽しそうに見える。
私は考え過ぎちゃう性格で深みにハマっちゃうことがあるんですけど、その「楽しむ姿勢」にすごく影響されました。「考え過ぎてもしょうがないよね」って考えられるようになりましたね。
アメリカと白川での生活を経て感じる”まちづくり”とは
——いろんなことがあった3年間だったと思いますが、特に印象に残ってる出来事ってありますか?
うーん、いっぱいあるからなぁ…
…
…
ご飯?
——ご飯…!?
振り返ると、食事シーンがでてきます。いっしょに食べた人の顔と、その時食べたもの。
写真がサッサっと出てくるみたいな(笑)
——なるほど…食事シーンと聞くとすごく”団欒なイメージ”が浮かびます。
王くんの、麻婆豆腐。大岩さん家の、卵たっぷりの鮎。ジョンのジューシーパスタ。栗野さん家の、手羽先…
挙げだしたらとまらない…(笑)
あとはみんなで集まって食べたご飯とか。めっちゃ美味しかったです。
——料理名を聞いただけで美味しそう…活動もそうですが、樋口さんはやっぱり”人との繋がり”を大事にしているのが伝わってきます。
元々、まちづくりの仕事をしたくて協力隊に応募したんです。
大学で偶然入ったゼミでまちづくりに興味を持ったのがきっかけで、その後は英語も学びたくてアメリカの大学院に通いました。卒業後はアメリカでまちづくりに関わるコンサルの仕事をしていたんですけど、それってまち全体に関わる大きな規模の仕事で…紙面やデータ上でしか自分の関わりが見えないんです。
「もっと直接的に町に貢献できる仕事がしたい」と思っていた時に、ビザの期限の関係もあって、日本に戻ってきたんです。
——それで地域おこし協力隊に興味を持って、募集のあった白川町に来たんですね。
そうです。楽しみながらできたし、自分に合っていたと思いますね。
仕事の1つとして、広報誌で『MY WONDERFUL NEIGHBORS』というコラムを書かせてもらっていたんです。白川町には技能実習生*を含めて外国人の方がたくさんいるので、その人たちを取材して外国人と地域の人が関わるきっかけをつくりたくて。
*技能実習制度に基づいて日本に在留し、企業や個人事業主などと雇用関係を結んで技能を修得する外国人のこと。技能実習制度は、1993年に創設され、日本が培った技能や技術、知識を開発途上地域に移転して経済発展に貢献することを目的としています
——たしかに、日常生活だけだとなかなか関わるきっかけがないですよね。
私もアメリカに行っていた時、地域の人や友だちが助けてくれたんです。車がないとどこにも行けないような地域だったんですけど、みんなが「買い物に連れて行ってあげる」とか「クリスマス会においでよ」とか声をかけてくれて。
ひとりで寂しかった時に、そうやって地域の人が関わりを持ってくれることが嬉しかったし、暮らしが豊かになりました。
実際にそのコラムで取材したミャンマーの人は「もっと日本の文化を体験してみたいし、いろんなところに行ってみたい」と言っていたので、お誘いして私の友だちといっしょに温泉に行きました。そしたらすごい喜んでくれて!コラムの仕事をやってて良かったなと思いました。
——すごく素敵なお話です。樋口さんが実際にやってもらったことを、白川町で他の人にしてあげて、人と人が繋がっていくというか。
私が白川を離れた後も、私を通して繋がっている人たちから広がって新しい出会いがあるかもしれない。それがもっといろんな日本の文化に触れることだったり、外国人の白川での暮らしやすさにも繋がっていくんじゃないかなって思います。
——樋口さんのこれまでの経験が白川町での3年間の”繋がり”をつくって、それがこれからの新しいきっかけをたくさんつくっていく…!なんだか樋口さんの人生ぜんぶがまちづくりのような気がするんですが、樋口さんにとってまちづくりってなんなんでしょう?
白川に来て思ったのは、地域で暮らす人が地域を楽しんでいることが、何よりのまちづくりだと思います。そうやって楽しんでいる姿を見て、町外の人が「面白い地域だな」って思ったり、白川から町外に出た人が「自分の地元めっちゃ面白いな」って思って戻って来るきっかけになるかもしれない。
それって学生の時も学んだことなんですけど、白川に来たことで「なるほど、そういうことか!」って腑に落ちました。
白川茶を通して”第二の故郷”に関わり続ける
–——学生時代の学びやアメリカでの仕事から、白川町でのまちとの直接的な関わり。樋口さんのこれからがどうなっていくかすごく楽しみなんですが…協力隊卒業後はシンガポールに行かれるんですよね!?
そうなんです。協力隊3年目の時に卒業後は白川にいられなくなるのが分かって、この先のことをすごく考えました。2年間でいろんな人と繋がりをつくらせてもらって、地域の状況も知れた。自分が白川を離れても、何かしらの形でそれらを活かして貢献できないかなって。
——それが、白川茶だった?
そうですね。白川茶は最初に飲んだ時に「うまぁっ!!」ってなったんです(笑)元からお茶は好きだったけど、白川茶はほんとに美味しい!
3年目まで仕事としてお茶には関わっていなかったんですけど、自分が海外に身を置くことや学んできた英語、特産品である白川茶が売れなくなってきている地域の問題を考えて、それなら自分が海外で白川茶を広められるかもしれないって思いました。
それで3年目は、地域の人から本当にその活動(海外で広めること)が求められているのかの実情を調べたり、お茶のことを学んで知識を増やしました。
——いろんな繋がりをつくった樋口さんだからこその選択なような気もしますが…これまでとまったく違う分野で協力隊卒業後を描くというのは、かなり勇気のいる決断だと思います。
数ヶ月間はだれにも言わずに自分のなかで秘めてましたね(笑)
最初はパートナーに相談したら「いいんじゃない?やってみたら?」って背中を押してもらえて。石橋を叩きながら、少しずつ進めていきました(笑)
——これから住む新しい場所で”白川町のまちおこし”に関わるというのは、それだけ白川町が樋口さんにとって大きな存在になっていたんでしょうか?
第二の故郷です。これからも帰って来たいし、関わり続けたいですね。
お茶を販売するのはまだ時間がかかると思うけど、シンガポールで白川茶を好きになってもらう活動をして、白川に人を連れてきたりツーリズム的なことにも関わっていきたいです。
それでまた「あ、どうもどうも!」って白川でいろんな人と再会して、楽しみたい(笑)
——まさに「何でも楽しんでやる」白川町で学んだ生き方というか(笑)
そういうことを勝手に自分のなかで「もくさく」?何て言うんだろう。「~さく」って言いません?
–—–えっと…「目標」じゃなく?
「~さく」です!
–—–あ!「画策」?
そうだと思います(笑)画策してます!
–—–何で出てこないのに難しい言葉を使おうとするんですか(笑)
「~策」って言葉しか浮かばなかった(笑)はい、画策してます!
ところどころ日本語を間違え、代わりに出てきた英語の日本語訳をネットで検索しながら3年間を振り返ってくれた樋口さん。
樋口さんがこれまでつくってきたたくさんの繋がりが、まちづくりになっていく。
行く場所を盛り上げてくれるその人あたりの良さと明るさは”歩くまちづくり”のようで「きっとまたすぐに白川町で会えるんじゃないか」と思わせてくれます。
【樋口 彩(ひぐちあや) さん】
出身 :三重県いなべ市
学校 :名古屋外国語大学、アイオワ州立大学
職歴 :まちづくりコンサルタント、地域おこし協力隊
趣味 :カラオケ、スポーツ
読んでくれている人に一言 :また会いに行きます。
取材年月:2024年10月