岐阜県羽島市出身の河合秀明(かわいひであき)さんは、現在黒川地区に暮らし、高座名「しゅうめゐ」として落語講師や新作落語創作などの活動を行っています。
「落語には、心のバランスを整える力があると思います。生活のなかに落語を取り入れることでの効果や、落語の面白さを広めていきたいですね」
落語講師として白川町を拠点に活動する想いや、その原点についてお聞きしてきました。
落語は『何にもないから何でもある演芸』
——秀明さんは、白川町を拠点に落語に関するさまざまな活動をされていますよね。
「かわゐフュージョン」という屋号で、落語の面白さを広める活動をしています。面白さを伝えるのは、もう直接見てもらうしかないので。
——古典芸能の落語には、馴染みがない人もいると思います。秀明さんが思う落語の魅力を教えて欲しいです。
落語は『何にもないから何でもある演芸』と言われています。
–—–何にもないから何でもある、ですか。
僕は20代前半の頃、市民劇団で演劇をやっていたんです。そこではたくさんの役者や舞台セット、大道具や小道具、演出家や脚本家、いろんなものが必要になる。
でも落語は何も必要なくて、一人でできる。足りない部分は、お客さんの想像力で補っていくんです。噺(はなし)を聞いた人それぞれが自由に想像できることが、落語のいちばんの魅力だと思います。
白川町は”落語の世界”
——何もないからこそ、制限を受けず自由に楽しむことができるんですね。
それは、白川町に対しても思いますね。
たとえば白川町に移住することになると、多くの人は「何でそんな何もない山間部に行くの?」って言うと思うんです。
だけどこの町に来たら、四季で変わる自然の風景は魅力的で飽きないし、住んでいる人はみんな楽しそうにしています。都市部にあるものはないけど、代わりに自然があったり、自分たちで工夫して楽しみをつくってるからなんだと思います。
——まさに『都市部にあるもの』がないからこそ、何でもあるというか。
住んでみて、自分に合うなと思いました。
それに、落語に出てくるような面白い人がたくさんいますよね!移住した当初、白川町の観光ガイドブックをつくる編集の仕事をしたんです。その取材で行ったお店で、店主のおばちゃんが飲み物を出してくれたんですけど、そのお盆を持つ手がかなり震えて運ぶ途中でほとんどこぼしちゃった。可笑しくておばちゃんと一緒に笑いましたね(笑)
白川町に住むっていうのは、落語の世界に住む感じなのかなって思ったりしますね(笑)
——まさに落語のようなお話です(笑)秀明さんと言えば、白川茶や原木しいたけやトマトなど、白川町に関わる「新作落語」もつくっていますよね。
取材していて「この町には落語の題材にすると面白いものがたくさんあるし、これはつくらないと!」って思ったんですよね。
町のPRにもなってみんな喜んでくれるし、僕にとっても大事な作品を残せるから、これからも続けていきたいですね。
心身を崩したからこそ「自分の好きなことをやろう」
——落語の世界に住んで、それを作品という形に残す…まさに落語の人生という印象ですが、そもそも秀明さんはどうして落語を始めたんでしょうか?
演劇をやっていた20代の頃、たまたま観に行った落語に衝撃を受けたんです。めちゃくちゃ面白くて、それに「一人でできるの!?」って(笑)
就職してからは忙しくて、演劇にも落語にもほとんど関わりはなかったんですけど、40歳の時に大きな病気をして入院したんです。
——そうだったんですか。
退院しても元のようには生活ができなくて、当時は東京にいましたが、これからどうしようかって悩んでいた時に「この機会に自分の好きなことをやろう」って思ったんです。それで東京にあった落語教室に通い始めたのがきっかけですね。
——忙しくて忘れていた、20代の頃の衝撃を思い出したんですね。
そうですね。退院して落ち着いた頃いろんな劇場に行きましたけど、やっぱり落語が一番面白かった。
落語を始めた当初は、ここまで落語をやるとは思ってなかったですけど(笑)
——そこから白川町に移住したのはどういった経緯なんでしょう?
その後、東京での仕事のペースに合わせられなくて、心身のバランスを崩してしまいました。
病院でも「このままじゃいけない」と言われて、東京を離れて岐阜の羽島市にある実家に戻ってきたんです。その時に、白川町に住んでいる友人に「一度来てみたら?」と誘われたのがきっかけでした。
——初めての白川町はいかがでしたか?
自然豊かで身体を休められると思ったし、東座*もあるから「また芝居に関われるかもしれない」っていう気持ちもありました。演劇をやっていた時に歌舞伎に関わっていた時期もあって、東座の名前は知っていたんですよ。
「白川町とは縁があるかな」と思ったし、仕事も何も決まってなかったけどとりあえず来ました(笑)
*白川町の黒川地区にある芝居小屋。明治22年に建てられ、地元住民による地歌舞伎などが行われている。
落語が「心のバランスを整える手助けに」
——ご縁を含めて、きっと何か感じるものがあったんですね。来た時には「落語をやろう」という考えはあったんですか?
趣味でやりたいなとは思っていたんです。心身が安定してきたので、知り合った人に声をかけたら興味がある人もいて、2020年の11月に初めて古民家で『くろかわ寄席』という落語会をやりました。
その評判が良くて、徐々に他の場所でも声がかかるようになっていきました。
——現在『くろかわ寄席』は、お話にあった東座で行われていますよね!
「東座でやってみない?」って言われた時は嬉しかったですね!
去年は他にも、学校で授業として落語をやったり、毎月落語の定例会を開いて新作を披露したり、フェスに呼んでもらったりといろんなことをさせてもらいました。
——秀明さんによって、落語の面白さがどんどん広まっていますよね。ちなみに今後やっていきたいことはありますか?
まずは去年やったことを、より精度を上げてやっていきたいです。
その活動を通して、落語をする人も増えたら良いなと思います。特に落語が、おとなしい人や自分の感情を出しづらい人が心のバランスを整えるための、手助けになってくれたらなと思います。
——落語が心のバランスを整える手助けになる、ですか。
落語は、たとえば登場人物が5人いたら、その5人すべてを自分一人で演じるんです。子どもにも、女性にも、おじいちゃんにも、ちょっと天然な人にも、逆にきちっとした堅い真面目な人にもなる。
——それは演劇ではなかなかないことですよね。
落語では演劇のような役作りはしなくて、台詞だけですーっとその役に入っていく。
それって、自分自身と同じだと思うんですよ。僕自身も、ある一つの決まった性格をしてるわけじゃなくて、女性的な部分や子どもっぽい部分、ものすごく頑固な部分、いろんな性格があると思うんです。
——たしかに相手や環境、自分の気分などによって、出てくる性格は違うような気がします。
普段おとなしい人や感情を出すのが苦手な人は、その性格の多くを表に出しづらいかなと思うんです。
でも落語だと、自分のなかにあるいろんな性格に焦点を当てて、役として表現することができる。それはすごくスッキリするし、心のバランスを整えるうえでも良いことだ思います。噺(はなし)を聴いて想像したり、落語の台本を声に出して読むだけでも効果があると思いますね。
——自分のなかにあるいろんな感情をきちんと出してあげることで、心が安定していくということですね。きっとそれは、心のバランスを崩したことがあるという秀明さんだからこその視点だと思います。
この地域で活動していると、落語をやっている人はもちろん、観たことがある人もとても少ないんです。だからこそ「どうしたら落語の魅力が伝わるんだろう?」っていうことを考える。
落語が地域のみなさんの生活に入ることで、面白さを感じてもらったり、心のバランスを整える手助けになってくれたら嬉しいです。
そのためにも、活動を頑張りたいですね。
ご自身の経験と白川町の環境から見つけた「しゅうめゐ」として落語を続ける理由。
落語が今までよりも身近に感じ、自分自身を落語の登場人物に置き換えてみると、自分に優しくなれるような気がしました。
【河合秀明(かわいひであき) さん】
出身 :岐阜県羽島市
学校 : 愛知産業大学造形学部
職歴 :郵便局員、秘書、落語講師
趣味 :音楽鑑賞、読書、落語
読んでくれている人に一言 :落語を観たい・やってみたい・創って欲しいと思ったら、ご連絡ください!
取材年月:2024年1月